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chudokux’s blog

自己否定まみれの主婦のココロ整理日記。

自己否定まみれ主婦のオノレ解放日記

インフルエンザ考_02

子育て

インフルエンザに怯えなくなったというのは、インフルエンザが怖くないというワケではなくて、ただ単に、「なるようにしかならない」と思えるようになったからだ。自分の選択に責任を持つ覚悟ができたのだ。

 

子供を失うという恐怖心の底には、子供を亡くしたら悲しくて悲しくて生きていけるだろうかという根本的な気持ちのほかに、「自分が間違ったら嫌だな」という恐怖心もあったのだ。自分の選択を間違えて子供を亡くした場合、その自分責めに耐えられるだろうか。という恐怖心は、子供が死ぬという恐怖心とどっこいどっこいのリアルさで自分を支配する。

 

というのも、インフルエンザにまつわるエトセトラには、いろんな考え方信念理念などがつきまとっておるのです。インフルエンザの予防接種は打つべきか打たぬべきか。解熱剤は飲ませるべきか飲ませないべきか。タミフルは飲ませるべきか飲ませないべきか。リレンザは?他の抗インフルエンザ薬は?

 

まあ、それはそれは、単なるシロウトには判断できようもない事柄が、インフルエンザにはくっついているのだ。癌とかもそうですけどね。はっきり言って

 

わっかんねえよ

 

なんですよね。だって、ただの一般人だし。調べても調べても、どいつもこいつも本当のことを言っているように書いているし。注射を打つべきだという主張も分かるし、注射の副作用ってやばいよって意見にも納得する。タミフルですぐ治ったって人もいるしタミフル飲んだから副作用で死んでしまったという人もいる。もう、正直、どんなにこの小さな脳みそで考えたってわかるワケがないのだ。ただ、わかるのは

 

みんな、子供を守ろうとしている

 

ということだけだ。どの立場の人も、子供を必死に守ろうとしている。それだけは確かなのだ。タミフルをやたら処方する小児科医だって、子供を殺そうとしている人なんて1人もいないはずなのだ。そのことを、腹の底から理解した時、初めて、私は

 

私は、私の選択に責任を持とう

 

そう思えるようになった。予防注射を打たないことで小児科医に怒られると本当に怖かった。予防注射を打たなかったという自分の選択で「子供が死んだらどうしよう。私は、その事実に耐えられるだろうか」と恐怖心でがんじがらめになってしまった。シロウト判断で、自分のおかしな価値観で、子供を危険にさらしているのかもしれない、という恐怖心は、カラダの奥底が芯からじわじわと凍っていくような、感覚だった。

 

一方、予防注射の副作用に苦しんでいる人も世の中にはいるし、タミフルを飲んで子供を亡くしたという人もいる。もう、何が何だかわからない。どっちに転んでも、どっちを選んでも

 

恐怖しかない

 

そのことに気づきながらも、私は、ただただ、高熱にうなされる子供の背中の必死に撫でて「頑張ってね、お母さんは一緒にいるよ、大丈夫だよ」と声をかけ続けながら、泣くしかなった。

 

長すぎるので次の記事へ

 

 

インフルエンザ考_01