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chudokux’s blog

自己否定まみれの主婦のココロ整理日記。

自己否定まみれ主婦のオノレ解放日記

男もすなる日記といふものを

女もしてみむとてするなり

 

というワケでもないのですが、
気兼ねなくオノレの心情を吐露する場所が欲しくて、
初めてのブログに挑戦です。

 

SNSで何回か長文投稿してみたこともあるのですが、まあ、なんでしょうね?

 

ちょう恥ずかしい

 

SNSでの長文投稿の鬱陶しさは、やっぱり、あのタイムラインにある。
ブログだったら読みたくなきゃ読まなきゃいいじゃん!
読んで欲しいけどね?でも読まなくていいんだからね?本当にね?
という往生際の悪い言い訳が自分に効くのですが、
SNSは、イヤでも目に入る、あの仕組みゆえに
オノレの心情吐露系の「恥ずかしさ」がたまらない。

 

それでも時々、私の中の男前が「大丈夫。書いちゃいなさいよ。
嫌われたっていいじゃないか。僕が守ってあげるから」とかなんとか
ささやくもんですから、「あら、そう?」なんつって勢い余って、
オノレの心情を吐露するわけですね。
SNSに。長文で。なんだか、うっとおしいやつをがっつり。

 

その時は、舞い上がっているのですが、10日後ぐらいに
私の中の男前はどこにやら。見る影もなくなり、
恥ずかしさの大波に巻き込まれ、消えて無くなってしまいたくなる。
「なんだよ、守ってくれるんじゃなかったのかよお」
なんて弱々しく愚痴りながら、ひたすら恥ずかしさに縮こまるわけです。

 

でも、そんな私は、実は、恥を晒して生きる人間になりたいのだ。

 

好き好んで恥を晒したいわけではないのですが、
人に見せたくない自分があればあるほど、自分を苦しめていることに
最近気がついた私は、恥を晒してもいっそ清々しく生きている人たちに
どうしようもなく惹かれるようになった。

 

ジョンレノンとかね?

 

誤解を恐れずに言えば、ジョンレノンなんて才能なかったら、
あんなに恥ずかしい人いるのかなと思うぐらい恥を晒して生きていたように
見える。堂々と生き方を間違え、間違ったら間違った度に修正をかまし、
悪びれない、あの、偽らない正直な姿勢が、胸に迫るようになったのは
私が年齢を重ねたからか?

 

昔は、間違えないスマートさに惹かれてたけれど、今は、ちゃんと間違える人、
それを隠さない人に惹かれてしょうがない。きっとわたしは、
自分で自分を囲っている「柵」を外していきたいのだ。
昔は、そんなこと書くことすら、恥ずかしかった。
なんだ「柵」って。お前は詩人か。と

 

でも、しょうがない。私の中には、陳腐な三流詩人がいる。

 

 それをココで泳がして、自分でも見たくない自分に向き合い、
「柵」を外した後に見える景色を見たい。
その場所に広がる空を見上げたい。

 

それがブログを始めた理由です。